抜歯と禁酒

30代、会社員、酒、本、バンギャ。

猪はあぶないよ

マネジメントのできない上司、仕事ができず責任感もまったくないのに給料ばかり高いおじさん、仕事はできるものの気にそぐわないことがあるとヒステリックに怒り散らす先輩などに囲まれ、しわしわのピカチュウのようになる日もありますが、元気に暮らしております。

 

台風による被害はなかったのですが、暴風雨の音がすごく、雨戸がないタイプの家のためビクビクして過ごしました。

河川の水位が上がったため避難する猪の動画をTwitterに投稿している方を見かけましたが、私の育ったような僻地では、毎年 猪に突撃されて重傷を負う方が一定数います。もの珍しいのはわかりますが、くれぐれも近づかないようにしてください。

 

先日、渋谷らくごを見に行きました。立川吉笑と春風亭昇々の回でした。

どちらもめちゃくちゃおもしろかったのですが、特に昇々さんの落語は女性がキーパーソンになっており、子どもを早生まれにしたくないからといって陣痛を我慢している女性とか、子どものお受験のために熱烈に面接指導をする女性とかが出てきます。

早生まれの子どもは遅生まれの子よりも成長していない状態で小学校に入らなくてはいけないため、勉強が遅れるとか体が小さいからいじめられるリスクが高いから早生まれはいやだ!という主張をします。だんだん成長していけば大したあれではないのですが、小学校低学年の段階での月齢の差はそれなりのインパクトがあり、その女性が主張することは一定の合理性があるわけです。

とはいえ、生まれてくるタイミングは基本的に操作できるものでもないし、大人になってしまえば大したことでもないんだから、産まれそうになったら産んだらいいじゃないと思うのですが、自分の子どもの将来のことを思ったらそうはいかないぜ!という彼女の切実さは度を通り越しておもしろいことになっているのです。

こういう人、本当にいそう~ということと、その本人の持っている切実さはバカにできないし、他人にはどうにもできないのよね、ということと、それをしぐさや表情や声色などすべてを駆使して表現していく、この芸能ってクリエイティブだわ~と感激して家に帰りました。

 

神田松之丞にはまったのをきっかけに、若手の落語家も色々と見ているのですが、わたしが関心を持っているのは、この21世紀のデジタルなAIなシンギュラリティなこの時代に、あえてある意味アナログな伝統芸能の世界に飛び込んでいく同年代や、もっと若い年代の人って、どういう気持ちで、何を成し遂げたいと思っているんだろうということです。

彼/女たちを追いかけて、何かがわかるかもしれないし、わからないかもしれないけれど、どんなエンタメでもやっぱり現場っていいよね。

おじさんは帰ってきたが私は孤独へ帰る

立飲み屋で失踪説が出ていたおじさんがまた普通に通い始めた。

九州方面に長期で出張する仕事があり、そこに行っていただけだったようだ。「死んだとか言わないでよ~」と言っていたが、おじさんは以前も同じような失踪説が出たことがあるらしい。

人間関係が何もかも嫌になってアパートも引き払って電話番号も変えてしまうことが数年に一度の頻度であるらしい。

手に職がある人だからできるけれど、特に技能のない会社員がやろうとするとなかなかやんなとは思うものの、やろうと思えばできることなのだなとも思う。

 

実家でややこしい問題が勃発しており、いったんは小康状態になっているものの、根本的な解決に向けていろいろな手続きを行っている。

年内あるいは2~3年かかるかもしれないが、なんとかやっつけるしかないだろう。

身近な人でわれわれの置かれた状況について、知ったような口をきく人がいるので殺意を感じるが、それもうちの家が常識と照らして明らかにおかしいのだからしょうがないよなとも思う。

 

今日から「82年生まれ、キム・ジヨン」を読んでいる。

普通に面白いよい小説なのだけれど、いろいろな女性差別が出てくるので読み進めることがシンプルにきつい。

表面的には優しくて信頼していた人が差別的な言動をしているような事例は特につらいよねと思う。

 

最近、講談師の神田松之丞にはまっている。

新宿末廣亭で見たのだが、寄席のどことなくゆるい感じもいいし、どの人も舞台に立ったら一人あるいはそのコンビだけでどうにかしなくてはならないのも命張ってる感があっていいなあと思った。

松之丞の講談は、熱演っぷり、技能に裏打ちされた緻密な計算、場を俯瞰して客の首根っこをつかんでぐいぐい引きずりこんでいくところなど、才能があったうえで、それに輪をかけて努力を積み重ねて今この芸ができているんだろうなと感銘を受けた。

何かを情熱的にやっている人はいいなと思う。

あとは消しようもない孤独の気配というか影がいいなと思う。

これまで好きなってきた演芸なり音楽なり小説なり、なんでもそういう人が多いなと思った。漫談も一人だし、ストリップも基本は一人だし、吉井和哉だって今は恵まれているかもしれないけれど、根っこのところにはどうしようもない孤独がある。

 

これから結婚するようなことがあったり、家族とまた一緒に住み始めたりしても、自分はこのままでいくのだろうなと思うし、もうそれでいい。

私を試すのをやめて

職場のことでぐるぐる悩んで袋小路に入っていたが、自分がどうしたいのかどうありたいのかを考えていったら少し風穴があいたような気がする。

同じ部署の先輩が仕事できず、年齢が上がっているだけで管理職的な立場になっているが、そもそもプレイヤーとしての基礎的な動作ができていないし、普段の勤務態度もクソである(都合の悪ことがあると舌打ちしたり、ファイルを机に投げて置いたりする)ため非常にイラついてしまう。

私も長くは今の部署にいる気もしないし、景気が悪くなったら速攻で退職勧奨にあうであろう人材であり、放置することに決めた。私の愛情やリソースの総量は限られているし、そうしたものを割り当てる対象にできない。

上司にも放置する&おまえがちゃんと指導しろやという旨を申し入れたうえで、自分のやりたいようにばりばり働くことにする。

明らかにやる気をそがれるような出来事や人物に出会うたび、仕事や会社への愛情や信念を試されているなと思う。素晴らしい人々が大半だから、クソ野郎にとらわれずがんばろう。

 

最近、親族も高齢になってきたため、今後に備えて財産関係などをいろいろと確認をしていたら、だいぶ前に亡くなった祖父の名義の不動産が放置されていることが判明した。相続をきちんと完了させるにあたって戸籍を取り寄せたり、登記簿をとったりする手続きが微妙に面倒なのだが、やむをえまいと思っている。事務処理能力がそこそこあってよかった~と思う。

 

仕事の悩みと親族のことがらで、ややくよくよしていたため、自分の好きなことがあまりできなくなっていたが、これから少しずつでも取り戻していきたい。

Somebody to love のようなせいかつ

海外出張が終わって戻ってきました。

成田へ移動する途中に日暮里駅でスーツケースのハンドルがぶち壊れてうろたえました。

現地では出張に同行する上司や先輩の仕事できなさ、英語のできなさにげんなりし続けておりましたが、現地のパートナーの方々はとてもしっかりしていて仕事もできるので非常に安心しました。

2か所に滞在したのですが、1か所のほうはお湯がアルカリ性のようで、ぬるぬるして肌はきれいになりそうなのですが、髪の毛がキシキシするのでびっくりしました。

それ以外はごはんもおいしく、体調も崩すことなくだいたい問題なかったです。

 

往路と復路ともにボヘミアン・ラプソディーを見て、サントラを買いました。

グリーン・ブックとアリー スター誕生、万引き家族も見ました。どれもよかったです。 あとは「パリで飯を食う」という本がおもしろかったです。

 

本日は休みでマッサージに行ったり回る寿司を食べたり家事をやったりとのんびり過ごしました。

マッサージでバキバキにされている間に新元号が発表されていました。

TOEICの点数が出て予想よりもずっと高い点数だったため、まぐれでは?という気持ちが強いですが、平日に眠くて死にそうになりつつも勉強を続けてよかったと思いました。

もう少し点数がほしいので、もう少しがんばります。そのあとは会話の勉強に力を入れていきたいです。

 

タイトルはQUEENの曲からとりました。

長く寝て大量に食べる

体調が思わしくない一週間を過ごしており、体力を回復させるためという名目で昨日はほぼ終日寝ておりました。

 

十二分に寝た反動で今日はやや活動しました。

奇跡的に午前9時台から活動できたため、安住紳一郎の日曜天国をスタートから聞いたわけですが、オープニングトークが「天気予報では午後に局地的な雨となっているが、今はよく晴れているので本当に雨が降るのかしら」的なことのみで全然しゃべらず、やや残念でした。調子が良いと15分くらいフリートークかますのですが、わたしが聞くときはあまり当たりません。

結局、雨は降りませんでした。

 

体力をつけるという名目で卵2個とベーコンを焼き、さらにパスタもゆでてキユーピーの出来合いのソースをかけてわしわし食べました。

家事を多少やったあとでさすがに家から出なければと思い外出しました。

 

ずっと面倒がって行っていなかったメガネの調整に行ったところ、具体的にここをこうしてほしいといったことを言う前に、かけた状態をチェックした店員さんがメガネをもっていって、すぐにちゃんと調整したものを持ってきたので神かと思いました。

こんなにあっさりと終わるのであればもっと早く持ってくればよかったなと思いました。

家からやや遠いドラッグストアにお目当てのクリームを買いに行ったのですが、1本がだいぶ長持ちするため、前回いつ買ったかも忘れており、しかも店も間違っていたようでクリームはありませんでした。愕然としつつアマゾンで購入することにしました。

 

そのあとは毎週日曜日に襲われるモスバーガーを食べたいという衝動のままにモスバーガーを食べましたが、喫煙室近くの席であったためにたばこ臭くなってしまいました。

食料や日用品の買い出しをして帰宅し、クッキーを食べつつ休憩をしました。

 

最近、お菓子を買って食べる習慣ができつつあり、だからといってめっちゃ体重が増えたということもないので、なぜあんなに節制していたのだろうかと思っています。

お菓子はおいしいですが、また何かの拍子にアンチお菓子に鞍替えするかもしれません。

 

お菓子休憩のあとで調理を行いました。

やや長めの出張を控えているため、冷蔵庫に生鮮食品が残らないように気を付けていいるのですが、明らかにシチューにほうれん草を入れすぎました。ほうれん草入りのシチューではなく、ほうれん草とシチューでした。おいしいのでよしとします。

答えはない勝手にしやがれ

昨日は習い事に行ったのちに食料と日用品の買い出しを行いました。

習い事は少しずつは上達しているのですが、毎度のこと日ごろの不摂生と筋力不足に直面しております。この体たらくでは上のクラスに上がるのはいつになるのだろうかとも思うのですが、気負わずにぼちぼち継続したいと思います。

とくにこれができたら上に上がってよいといった基準はなく、自己判断で勝手に上のクラスに出てもよいのですが、上のクラスの受講生たちを見るかぎり相当な熟練者のように感じるため相当ビビっています。

 

今日は習い事による筋肉痛でバキバキのなかTOEICを受験しました。

住んでいるところも都会ではないのですが、受験会場はさらに奥地で駅からもけっこうな距離を歩くため、英語の能力以前にメンタルが試されている……!と思いました。

試験監督の一人の様子が怪しかったのですが、まさかの問題用紙を配られないというハプニングがありました。

テキストを開いてやる系の勉強をおろそかにする一方で英語のポッドキャストを聞きまくっていたためリスニングは前よりも進歩している感がありました。

リーディングのところで適当に塗る問題の数が前回よりも少なくなっていたのでよしとします。

 

試験の後で買い物に行き、ずっと我慢していた本を買い、カフェでケーキを食べ本を読みました。

帰宅後はキムチ鍋を製造して食べ、米を炊いて小分けにして冷凍しました。

いつも小分け作業の煩わしさから、1つあたりのごはんの量が多くなりがちで、その結果食べすぎたり、ご飯が食べきれず残したりしてしまっているため、きちんと量を一定に分けるようにしました。

いつも5パックほどしかできないのに今日は8パックほどできたので、普段の作業の雑さ加減に打ちのめされました。

炊飯器は大学に入ってからずっと使い続けているのですが、お米をきちんと研いで、しっかり浸水させて炊けばおいしく炊けるので、いつも自分の技術&炊飯器最高やなと思います。

 

タイトルはセクアンの勝手にしやがりたいの歌詞よりとりました。

体調不良そして急回復

先日、急にくしゃみが止まらなくなり、熱も出てフラフラする状態になってしまい、病院に行く余裕すらないわと思い、しかしそんな状態でも食欲はあるマンであるため、コンビニで購入した食料をガツガツ食べてから速攻で寝たところ、翌日にはなんとなく通常の状態に戻っていました。

風邪にしてはあっさり治りすぎのような気もしますが、病院に行かなくてもなんとかなったので、ほっとしました。

 

歯医者に歯石取りに行ったところ、ドSの歯科助手さんに当たってしまいガシガシやられました。前回指摘を受けた奥歯はきれいに磨けているという評価は得たものの、歯と歯茎の境目の磨きが甘いということで怒られました。今後は境目もよく磨きたいと思います。

怒られながらやはり自分は誰かに怒られるのはたとえ自分が悪いとしても嫌だと思いました。

 

用事があったため都会へ少し出て速攻で戻り、スーパーで買い出しをしてごはんの作り置きをしました。

今回はお米を買ったのですが手に食い込みつらかったです。ネットスーパーなどを使用すればよいのですが、なくなったときに気ままに買うスタイルがよいので、筋肉をつけるくらいしか解決策が思いつきません。

先週の日曜日は予定を詰めまくりましたが、日曜日の夕方から夜は家にいるのが一番いいです。