抜歯と禁酒

30代、会社員、酒、本、バンギャ。

THE YELLOW MONKEY「未来はみないで」に関する考察

 

「愛とは何かを知ったその朝に あなたはこの部屋出ていくのでしょう」

 


THE YELLOW MONKEY – 未来はみないで (Official Music Video)

 

薄紅色の花が舞い散る季節に、恋人が別の相手を見つけてどこかにいってしまうようにも、子どもが成長して親元を離れていくようにも聞こえる。

 

「部屋」と、よく分からない「(不穏な)未来」と「好きな歌を歌う」とくれば、イエモンファンに思い浮かぶことは一つしかない。

「未来はみないで」に出てくる“この部屋”は、「JAM」の主人公である「僕」が、一人で震えていたあの暗い部屋なのではないか。

 

「素敵なものがほしいけど あんまり売ってないから好きな歌を歌う」とひとりぼっちで震えながら言っていた「僕」が、好きな歌を一緒に歌わないかといえる相手に出会い、愛とは何かを知ったその朝に「この部屋」から出て行ってしまう。

 

また、この部屋を出ていったあとに待ちうける未来に関して、「未来は未来で 大きな口を開けて 笑ってるのかな それならいいけど」と、笑っていない可能性≒かならずしも幸せなものではない可能性を示唆する。未来は大きな口を開けて怒っているかもしれないし、泣いているのかもしれない。

 

「JAM」の「ギラギラと輝く大地で君と抱き合いたい この世界に真っ赤なジャムを塗って食べようとするやつがいても」という、未来にどんな過酷な運命が待ち受けていたとしても愛を誓う部分とオーバーラップする。

 

こうした未来や世界に対してハッピーなものだと言い切らない/言い切れないことを理解するには、THE YELLOW MONKEYのバンドとしてのキャリアと吉井和哉のライフコースを参照する必要があるだろう。

 

THE YELLOW MONKEYは1992年にメジャーデビューし、国民的ロックバンドとしての成功をつかむも、活動休止・解散というどん底を経験し、一昨年に再結成をしたというキャリアがある。一方で幼少期に父親との死別を経験し、結婚・離婚・再婚という決して幸せなことしかなかったとはいえない吉井和哉の半生を鑑みれば、盲目的に未来はハッピーなものだと信じたりはできないし、人にも言えないだろう。しかも人は「言いたいこと やりたいこと この先だって変わる」のだから、今考えている幸せが幸せではなくなってしまうこともありえる。

そうした自分自身も含めた人間という存在が不確かなものであり、未来が厳しいものになってしまう可能性も受け止めたうえで、それでもこの人(現在のTHE YELLOW MONKEY)とであれば永遠(の愛)があるのかもしれないという可能性にかけたい。

だから、どうなってしまうかわからない未来を見て、いたずらに不安になったり心配したりして動けなくなるよりも、確実にある今と積み重ねてきたこれまでを見てほしいのだ。

 

かつて「素敵なものがほしいけど あんまり売ってないから好きな歌を歌う」と部屋で一人で震えていた「僕」が、「好きな歌を一緒に歌わないか」といえる相手を見つけ、結ばれた喜びをかみしめている。一方で幸せが確約されたわけではない不確かな未来(誰かが真っ赤なジャムを塗って食べてしまうかもしれない世界)に向かって部屋を出て行ってしまうのだとすれば、「未来は見ないで」は「JAM」のアフターストーリーとして解釈できる。

また、最後のサビでは「愛とは何かを知ったその朝に 僕らはこの部屋出ていくのでしょう」と「あなた」を「僕ら」に言い換え、バンドを再結成し活動を開始することを示す。

 

「未来は見ないで」は再結成後に発表される最初の曲の候補であったらしい。「JAM」というファンにとってもバンドにとっても特別な楽曲へのめくばせもあり、吉井和哉のセンチメンタルかつ安易に幸せを提供しない独特の世界観がさく裂している。再結成後にはこれ以上ないほどふさわしい歌詞の内容であるが、部屋を出て行ってしまうし、未来という一般的にはいいイメージのものをみないでというし、曲調もゆっくりでなんとなく暗い。

最終的な再結成後に発表された最初の楽曲は「ALRIGHT」という勢いのある、戦闘開始をアナウンスするような曲になって本当によかったと思う。

けれども、世の中ではなんとなく新しいことが始まっていくけれど、どことなく憂鬱な春に聴くには「未来はみないで」は最高の曲である。